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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)462号 判決

上告人

淀川寿夫

右訴訟代理人

山口伊左衛門

被上告人

株式会社神戸製鋼所

右代表者

杉澤英男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山口伊左衛門の上告理由について

所論の各点に関する原審の判断は、原審が確定した事実関係のもとにおいては、すべて正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 江里口清雄 高辻正己 服部高顯 環昌一)

上告代理人山口伊左衛門の上告理由〈省略〉

〈参考・原審判決〉

(広島高裁昭五〇(ネ)第二六七号、昭五一(ネ)第八〇号、懲戒処分無効確認請求控訴事件及び同附帯控訴事件、昭52.12.21第三部判決、原判決取消)

〔理由〕

〈前略〉

三 そこで本件懲戒処分の適否について判断する。

1 本件規程の効力について

本件規程二条一項四号は任意保険に加入していない者に対し、通勤車輛の構内乗入れを拒否するもの、すなわち構内通行を禁止し駐車場の利用を拒否するものである。

しかして控訴会社構内は控訴会社の各施設の存する場所であり、また駐車場は控訴会社の施設であつて控訴会社の施設管理権の及ぶところであるが、本来控訴会社において従業員に対し会社構内を通勤車両で通行さすべき義務はもとより、通勤車輛のため駐車場を設置する義務も、労働契約等により通勤車輛の構内通行、駐車場の設置とその使用につき特段の定めがない限り、当然には負わないものと解されるから、使用者たる控訴会社が従業員の利用に供せんとして会社構内に駐車場を設置した場合であつても、それは従業員に対する一の便宜供与に過ぎないといべきであり、控訴会社において自由にその使用に制限を加え得ることはいうまでもないところである。もつとも、その制限の仕方が全く合理性を欠き、殊に従業員間の差別待遇に連らなるとみられるような場合には、かような制限は許されないと解すべきであろう。

そこで本件規程の任意保険に加入しない者に対し構内通行を禁止し駐車場の利用を拒否する定めが全く合理性を欠くものであるかどうかについて検討するに、(イ)従業員の通勤途上の事故については、企業は特段の事由のない限り法的には損害賠償責任は負うものではなく、賠償は従業員個人の問題というべきであるが、事故の発生はもとより、事故が発生した場合の責任及び賠償をめぐつての被害者との対立が、事実上の問題として被害者の多くが属する企業周辺の地域社会の企業に対するイメージを損じ、その社会的評価に影響を与えることは否定しがたいところであり、(ロ)また原審証人本田千之、同仲井義明、当審証人藤井泰延は加害従業員の損害賠償能力が乏しいとそれが気になつて職務の専心度が低下し、作業能率を阻害し更には業務上の災害を起す可能性もある旨供述しているが右供述内容は首肯し得るものであり賠償問題が加害従業員の業務に与える影響は少なからぬものがあると考えられるし、更には当該従業員のみならず、その属する職場の上司、同僚等にも、その業務遂行に何らかの影響を及ぼさないとはいえないことが推測される。

そうするとかような事故が発生した場合、企業は被害者に対し迅速かつ十分な被害の弁償がなされることにつき利害関係を有するといわねばならない。そして資力のない従業員はもとより資力のある従業員においても、迅速かつ十分な弁償を行うために任意保険に加入しておくことが緊要であることは多言を要しないところであるから控訴会社が任意保険に加入して損害賠償能力を高めた者に対し構内乗り入れを許し、然らざるものに対しこれを拒否することは決して合理性を欠くものとはいえず、この点において本件規程を無効とすべき理由はない。

被控訴人は本件規程は本来従業員の私生活に属し、その任意であるべき任意保険の加入を強制するものであるから従業員の権利を侵害し無効であると主張する。既に説示したところで明らかなとおり、本件規程は直接に自動車の通勤者に対し任意保険への加入を命令し強制するものではないが、本件規程により自動車通勤者は他に駐車の便を有しいない限り結果として任意保険に加入せざるを得ないし、加入しない者は自動車通勤を断念せざるを得ないことになる。しかし通勤手段の選択は従業員個人の自由に属するといえるにしても、その自由はあくまでも従業員側のみにおける自由であるに過ぎないのであつて、その選択が従業員の企業に対する権利となるものではないから、前記の意味で本件規程が従業員の通勤手段を制限する結果となるとしても、これをもつて従業員の権利を侵害するものということはできない。もつとも企業の立地条件、従業員の住居の通常あるべき位置、交通機関の状況、従業員の業務内容等諸条件の如何によつては、社会通念上自動車による通勤を相当とすべき場合もないとはいえないし原審証人仲井義明の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴会社長府工場においても三勤交替のため自動車通勤が必要な従業員が存在することがうかがわれないではないが、このような例外的な存在があることによつて、本件規程の一般的効力が否定されるべきであるとは解しがたい。かような例外的存在について救済が必要であるとすればそれは別個に考慮すべき問題であろう。(〈証拠〉によれば、控訴会社においては通勤交通費補助制度があり、また社宅の運用による遠距離通勤の回避も考えられる。)これを被控訴人についていえば、被控訴人の居住する安養寺社宅から控訴会社長府工場までは約1.1キロメートルであり、徒歩または自転車通勤は十分に可能であるから、任意保険加入を欲しないならば徒歩または自転車通勤を選ぶこととなるが、特段の支障があるとは考えられない。被控訴人の右主張は採用し難い。

2 本件懲戒処分の適否について

前記認定によれば、被控訴人は昭和四七年九月一日以降も警備員が実力で入構を阻止するまで、任意保険に加入することなく、自動二輪車を控訴会社長府工場構内に乗り入れ、入門の際警備員がこれを制止し更に同年九月一一日には右工場総務課長仲井義明が本件規程に従うよう説得したがこれに応じなかつたものであつて、被控訴人の右行為は企業秩序を乱すものといわざるを得ず、本件規程二条一項四号に違反すること明らかであるから就業規則七〇条三号、六七条二項により被控訴人をけん責に処した控訴会社の処分は有効である。

被控訴人は就業規則七〇条三号にいわゆる「諸規則」とは労働基準法八九条に定める就業規則に限るものと解すべきところ、本件規程は同条に定める就業規則として制定されたものではないから右にいわゆる「諸規則」に該当しないと主張するが、右「諸規則」が労働基準法八九条に定める就業規則に限るものと解すべき根拠はなく、たとえ控訴会社において一方的に制定したものであつても企業秩序に関するものである以上右「諸規則」に該当するというべきところ、本件規程は通勤車輛の構内乗り入れの許否について定めたもので企業秩序に関するものであり、〈証拠〉によれば本件規程は労働組合の意見を聴いて制定され、従業員一般に周知せしめられたものと認められるから、右にいわゆる「諸規則」に該当するというべきであり、被控訴人の右主張は採用し難い。〈以下、省略〉

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